最終更新日時 2018-10-18 11:18:22

私の趣味ー『狛犬』 第2回 (藤山正純) 

★狛犬の話  第2回     佐賀県 藤山正純 (S47政経 藤山正純法務事務所)

藤山正純氏

1.狛犬概論    
(2)狛犬のルーツ
 現在、一言で「狛犬」と呼んでいるものが、実は「唐獅子」と「狛犬」という異種の霊獣の組み合わせであることは、前回ご理解いただけたと思います。
 それでは、今度は、その霊獣たちの元になった動物は何か、という点に興味が湧いてきます。まず「唐獅子」ですが、これは誰にでも容易に想像がつく通り、また巷間広く認められているものとして、「ライオン」があります。ただこの「ライオン」は、アフリカのライオンではなさそうです。往古は中東にもライオンはいたといい、現在のところ、この中東のライオンが最もルーツとして相応しいように思われます。中東といえば、チグリス・ユーフラテスの両川に挟まれた「肥沃な三角地帯」にメソポタミア文明が花開いたところで、紀元前3800年には、世界最古の都市文明を築いたシュメール人の活躍が始まり、続いてバビロニア、アッシリア、アッカド、ヒッタイトなど、多くの民族の興亡の歴史が詰まった、わくわくするような古代史の一大センターです。余談ですが、私はちょうど、NHK学園生涯学習通信講座の「古代オリエント史」の受講を申し込んだところです。高校時代の世界史の授業では、ややこしくて難渋した分野ですが、今もう一度学び直したくて、一念発起した次第です。
 さて、その中東の王たちが権威の象徴として好んだのがライオンだったと言われ、その風習はエジプトのスフィンクスをはじめ、ヨーロッパの王侯の紋章などとしても波及していきます。
 勿論それは東方にも伝わり、中国にも到達しました。中国にはライオンはいませんから、先人の見聞を元に、例えば虎などを参考にして想像を加えた中国風の「獅子(シー・ズ)」として完成したと見られます。石造彫刻の獅子は「石獅(シー・シー)」と呼びます。これが朝鮮半島に伝わると「サ・ジャ」となり、沖縄では「シー・サー」と呼ばれることになりました。すぐにお気づきになったように、これらは「獅子」「石獅」を朝鮮語と沖縄語で発音したものに他なりません。すなわち、日本の近隣諸国にある狛犬に似た石造物は、みな「獅子の一対」であり、「獅子と狛犬」という配置は、まさに古代日本人の独創であったわけです。
 では、もう一方の「狛犬」のルーツはどうでしょうか。こちらは諸説ある上に、茫洋としており、定説と呼べるほどのものはないようです。それは、狛犬が現実の動物からつくられたものではなく、元々が想像上の霊獣をモチーフにしたものであることに原因がありそうです。

 今回は狛犬のルーツに関する、2つの説をご紹介します。
①「兕(じ)説」
兕(じ)という中国の想像上の動物をルーツと考えるもので、昭和初期の国語辞書「大言海」が、「狛犬」の項で記すところは次のとおりです。
「支那ニテ兕ト云フ、蒼黒色、一角ノ獣ノコトナリ」

中国の獬豸(Wikipediaより)

 こんな漢字、それまで見たこともありませんでした。字面からだけでも面妖な感じがよく伝わってきますし、説明を読めば更にその感が強くなります。詳細は割愛しますが、ここで注目すべきはこれが「一角ノ獣」とされていることです。実は古い木造の狛犬を見ますと、向かって左側の像(狛犬)には、ちゃんと一角が設けられていることが多く、「大言海」の「兕」起源説には説得力があるように思われます。また『グランド現代百科事典』(学習研究社)もこの見解です。なお、一角獣と言えばヨーロッパでも「ユニコーン」というものが空想されましたが、これもルーツは兕だとする説があることをご紹介しておきます。

②「獬豸(かいち)説」
ブラウザによっては読めないかも知れませんから説明しておきますと、「獬(かい)」は「けものへん」に「解」です。「豸(ち)」は「むじな」という部首として存在していて、「豹」の「へん」に当たるものがそれです。
 この獬豸(かいち)のことは、西暦1世紀に著された「論衡(ろんこう)」という書物に述べられている由であり、「牛に似ており」「一角を有する」という点などは「兕」説と共通しています。これが朝鮮に伝わると、朝鮮音では「ヘテ」または「ヘチ」と発音されます。「ヘテ」は、かつてあった韓国プロ野球チームのヘテ・タイガースでお馴染みであり、「ヘチ」はソウルの景福宮に近い「ヘチ・マダン(ヘチ広場)」の名に冠されています。

最後に、次のようなことをお伝えしておきます。かつて宮中の舞楽に「獅子舞」と「狛犬舞」という演目がありました。これを実際に見たことはありませんが、当時としてはエキゾチックな異国風の芸能として楽しまれたものと想像されます。その後、「獅子舞」は大衆化し、私たちが小さい頃までは、正月になると各戸を巡回しては短い演技を披露して、ご祝儀をもらう大道芸として残っていました。一方、「狛犬舞」は大衆のものとはなりませんでした。

また、現在の石造狛犬の姿は、例外を除いてどちらも獅子の形に造られていて、本来の「狛犬」の面影はありません。それやこれや考えますと、どうも狛犬には分が悪いわけです。しかし、あの像の一括名称が「獅子」ではなくて「狛犬」であることは、いわば実を捨てて名を取ったのであり、少しばかり誇り高い感じを受けなくもありません。もの言わぬ狛犬に、「良かったね」とささやいてみたい気持ちになってしまうのです。(つづく)

 

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