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最終更新日時: 2012/05/08 07:51 筆者: suzuki 2012/05/08 07:51
六大学野球観戦会にご参加頂いた平成白熱党 浅見氏・谷澤氏からの感想です
★浅見秀樹 (H2年政経学部卒・早稲田育英ゼミナール:東青梅教室勤務)
『全国紫明クラブ・東京六大学野球【紫紺の日】応援観戦会・懇親会に参加して』
去る4月28日、東京六大学野球春季リーグ戦・対慶應義塾戦で、全国紫明クラブ主催の応援観戦会・懇親会に参加させて頂き、ありがとうございました。試合はもう一歩及びませんでしたが、捲土重来を期すべく野球部の諸君も次の試合に全力で向かうものと期待しております。試合後の懇親会に於きましては、大先輩諸兄の学生時代の貴重なお話を伺って、明治大学の学生文化や歴史を改めて知る事ができました。上西会長の学生時代には理系の工学部では神宮球場へ観戦に行くにも、講義を優先するアカデミックな気風があった事、江東区地域支部副支部長の富山政行様の明治大学戦後史の貴重なお話を伺えた事など、本などでしか得られない知識とは違い、実際にその時代を体験した方のみが知る、真実の歴史でもある訳です。またこのような機会があれば、幸甚に思うところであります。
学生文化と申しますに、吾々の会の案内を少し申し上げたいと思います。私の学生時代は、【文学研究会】に所属して詰襟・角帽に朴歯の高下駄、腰にボロ手拭い、冬には二重回し(大正から昭和初期に掛けてトンビと呼ばれた袖無しの外套)を羽織って、いっぱしの硬派文士気取りでした。二十数年前の事ですが、それでも当時そんな恰好の学生はいませんでした。唯一の例外が【詩吟研究部】に同様の身なりの学生がいたと記憶しております。卒業後は銀行勤めをしておりましたが、身体を壊して以来は学習塾で指導をしております。そんな中、漸く落ち着いて時間も取れるようになった時、TV中継で偶然に六大学野球中継を観た際、内野席に古風な角帽の身なりをした方が映っており「これは早速、神宮球場へ行こう!」と馳せ参じて挨拶を交わしたのが谷澤正行さんでした。意気投合し神宮球場で観戦する中で、またもや古風な角帽の方と知り合いになり、それが石川孝さん、村中直樹さん、田畑諭さんでした。田畑さんは、まだ三十代と若い世代ですが、谷澤さんから私までは偶然にも一学年違いの先輩後輩に当たります。皆、学生時代には硬派明大生でしたが、互いに顔を合わせる機会も無く、二十数年振りにバンカラサークル【明治大學平成白熱党】を結成し、シーズン中には学生時代に戻っている訳であります。【白熱党】とは、大正時代に明治大学で実際に活動をしていた団体の【明大青年白熱党】に由来します。雄辯部のような性格もあり、また校歌の先駆けとも言われた【白熱党歌】を作り、明治大学の気概を知らしめる活動も行っていました。今回、全国紫明クラブの懇親会に参加させて頂き思ったのは、やはりこのような繋がりの要は、明治大学で学び、過ごした校友同士という、共通の得難い財産があるからだという事であります。今後の全国紫明クラブの益々の御発展を祈念するものであります。今回の企画では、会長の上西紘治様、活性部会の大前実之様を始め、紫明クラブ会員の皆様に御世話になりました。改めて御礼申し上げます。
★谷澤正行(S62年文学部卒・団体職員)
紫紺の日に、全国紫明クラブの皆様と東京六大学野球春季リーグ戦、対慶應義塾大学1回戦にご一緒に観戦させていただくとともに、その後の懇親会でも、とても楽しい時間を過ごさせていただきありがとうございました! 特に、諸先輩が母校明治大学を熱く語る力強さに、あらためて敬意を表したいと思います。 これからも、私たち明治大学平成白熱党は、皆様との交流を深め、パワーをいただき、私たち自身も一層元気をもらえたらと思っております。 また、是非とも今回のような機会が定期的に開催されますよう願っております。 どうもありがとうございました!




