パンくず
ホーム / ロンドンパラリンピック⑦ ハンディーを乗り越え『高い志』ー秋山里奈選手にエール (武 隆敬)ロンドンパラリンピック⑦ ハンディーを乗り越え『高い志』ー秋山里奈選手にエール (武 隆敬)
最終更新日時: 2012/12/01 09:08 筆者: jimukyoku 2012/09/05 11:37
★・・パラリンピック100m背泳明大生秋山里奈選手金メダル獲得の活躍と故郷伊勢原・・・
武 隆敬 (S43年商学部卒 元 安田倉庫㈱→安田運輸㈱→現 国際物流総合研究所㈱)
パラリンピックでの日本選手の活躍はテレビ報道で関心を持ち見ていところ、昨日、上西特別顧問から100m背泳で金メダルを獲得した秋山選手は明治大学の院生で、かつ同郷であることを知らされました。
そのような話を頂、改めてホームページを見、皆さんの投稿に遅れじと投稿致します。
故郷は遠きにありて思うもの・・・・とか
小生、一応、現在の住所は平塚市となっていますが、実際は伊勢原市に近く、また中学生時代は伊勢原中学校に通い、日々、クラブ活動等終了後は箱根、丹沢、大山の山並みを見ながら友人と伊勢原駅まで歩き、バスに乗り、そしてバス停を降りると黄金色に実ったたわわな稲穂を見ながら帰宅する生活でした。
優勝した秋山選手は伊勢原出身とのことですので、小学生時代は平塚に向かう街道の途中に「追分」というバス停があり、そこに盲学校がありますので、多分、筑波大学付属視覚特別支援学校に移るまではここで勉学とスポーツに勤しんだのだと思います。
小生が通った高校は、その対面にありますので時代は異なるものの、同じ道を通い通学していたのかと想像され、「伊勢原」「追分」そして通学路(現在も通勤路として日々通っていますが)が改めて懐かしい響きとなって蘇えってきました。
秋山選手は全盲の背泳選手であり、北京大会では背泳が種目から除外されたため、自由形の選手で出場しましたが、満足のいく成績が納められなかったようです。今回は種目が復活し見事優勝の栄誉に輝いたこと、そして3大会連続してのパラリンピック出場と、大変困難な出来事を成就されたことに、多くの日本人で同様のハンデキャップを負った人々に大きな勇気と希望を与えたことと思います。
秋山選手は全盲の背泳選手であり、北京大会では背泳が種目から除外されたため、自由形の選手で出場しましたが、満足のいく成績が納められなかったようです。今回は種目が復活し見事優勝の栄誉に輝いたこと、そして3大会連続してのパラリンピック出場と、大変困難な出来事を成就されたことに、多くの日本人で同様のハンデキャップを負った人々に大きな勇気と希望を与えたことと思います。
同時に、秋山選手は、現在、明治大学大学院法科研究科に通い、刑法を学び、将来は専門の道に進みたいという高い志をもって勉学にも勤しむという、まさに文武両道をゆく才女でもあります。
そしてこのようにハンディを背負った学生を受け入れ、教育環境を整えている大学の教育理念にも拍手を送りたいと思います。
今後、ますますグローバル化される社会にあって、世界に羽ばたく人材を様々な環境、社会から受け入れ教育することのできる大学であってこと、その地位も名声も与えられるのでしょう。今回の上西先輩の助言を頂き、改めて感じ入った次第です。
神奈川県は、横浜、川崎をあわせ500万人、相模原市を加えると600万人の人口となり、それら以外の人口は併せて300万人程度であり、伊勢原市に至っては10万人でありマイナーな地域であります。
その中からこのように世界で活躍する同窓生が出現したことに大変な誇りを感じました。また、パラリンピックがいかにハンディを背負った人々に勇気と希望を与えていることか。
残された競技に対し、時間の許す限り応援をしたいと思っています
このエントリーの 投稿日時: 2012/09/05 11:37 AM カテゴリー: コラム・雑記・その他お知らせ.
このエントリーへの返信をフォローすることができます: RSS 2.0 フィード.
返信, またはあなたのサイトから トラックバック することができます





