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最終更新日時: 2012/03/07 09:25 筆者: jimukyoku 2012/03/05 04:41
★2012.03.05受信 利光保則 (S59経営 ㈱明治東北支社 )
時の流れは早いもので「3・11」からもうすぐ1年となります。始めて住む仙台での寒さが身にしみる中で、当日被災された方は濡れた体を乾かすよりも生きる為に安全な場所を探したと思うといたたまれなく思います
自分の仕事は広報業務です。ちょっとした仕事で夏ころに被災されて仮設住宅から小学校に通っている子供と話す機会がありました。その時は元気で友達のことや学校生活が楽しいと普段の会話をしましたが、もしかして大切な人や物をなくされたとすればその子にとって「3:11」はこれからも一生消えない傷になるのでしょう。
市内の海岸通りを通ると誰も住んでいない家と横になったタンクが肩を並べています。
自分には経験ありませんが日常があっという間に別世界になる姿は誰が想像できるでしょうか。家族や友人や家を一瞬の間に失ってしまい。世界が切り絵のように剥ぎ取られてしまうのです。
「3:11」以来テレビでは「思いやり」「楽しい仲間」「こだまでしょうか」という言葉と「○千人の方が行方不明」「○○シーベルト」と数値が飛び交っており、暗闇の中を帰宅する非日常的な光景に違和感を誰もが持ったはずです。被災地では地獄のような光景だったに違いありませんが何か「起こった事実」と「テレビでのことば」が別世界に存在するように当時は感じていました。情報を発信するメディアも起こったことを適切に表現できなくなってしまったというよりは、適切な「イディオム」が見当たらなかったと思います。
自分は被災したわけでもなく、気楽にも連休明けに着任したので厳しい時を過ごすことはありませんでした。しかし身近に被災された方の話しを聞たり、被災地を肉眼で見るにつれて傍観者でありながらも「何か共有したい」「何か貢献したい」と言う思いは強く持っています。
勝手な解釈ですが、心の傷を負った方々が自社乳製品やお菓子を召し上がって頂いて「元気になってもらうこと」そして自分自身が「宮城県で消費活動をすること」そして県外の方々にも「消費していただくこと」が大切ではないかと思います。
1年間、明治大学卒業仙台在住の皆様と懇親を深めながら、自分の残したものの底の浅さに感銘(?)しています。今年の3月11日はひそかに被災地及び被災された方々に黙とうをささげながら2年目を迎えます。





