最終更新日時 2018-08-17 13:29:51

私の趣味ー『狛犬』 第9回 (藤山正純) 

私の趣味「狛犬」第9回     藤山正純  (S47 政経 藤山正純法務事務所)

2.狛犬各論
(3)東京の狛犬たち

 今回からは、私が見聞した各地の狛犬の様子をお話ししたいと思います。とは言っても、実際に自分で観察できた個体はたかが知れていますので、私のホームページ(「狛犬天国」http://www10.plala.or.jp/comainu/)に投稿して頂いた愛好家たちの知見も借りながら、この稿を進めていくことにします。最初に東京の狛犬たちをご紹介します。

各地に「○○型」と称すべき「ご当地狛犬」が誕生したのは、だいたい文化・文政期(「化政期」1804~1829)頃ではないかと思っています。江戸時代の前期までは、江戸は文化的にはまだ発展途上にあり、京都や大阪の上方文化の方が日本のスタンダードだったと言われています。

江戸に幕府が置かれて、名目上は日本の首都となった江戸でしたが、平安以来「千年の都」の蓄積の前には、おいそれとは歯が立たなかったのでしょう。さらに、皇居があったところを日本の中心と考えるならば、奈良、京都、滋賀、大阪という地域がまさにそれであり、そうなるともう千年どころか、近畿は化政期時点でも千五百年くらいの歴史を誇っていたわけです。

江戸中期ころまでの江戸は、都市としての総合力はともかく、文化や伝統という面では上方に一目置かざるを得なかったのです。しかし、それ以降は上方に対するコンプレックスは払拭され、江戸文化が自他共に認める日本の中心になっていったと言われています。

上方の成熟し洗練された文化に比べ、若々しく斬新な江戸の文化がひとたび認知され始めると、誰もがその魅力に取り憑かれたことは想像に難くありません。江戸は時代の最先端となり、パラダイムシフトが起こって、色々な面で江戸が情報の発信基地となりました。狛犬のモードも、江戸を起点として各地に波及していったと考えられます。

1.江戸型

 江戸の狛犬のうち、化政期頃に確立したと思われ、現在も広範に見ることのできるタイプを「江戸型」と名付けてみました。江戸型の特徴を一言で定義するなら、「木彫の技法を石造彫刻に再現した狛犬」と言うことができると思います。同じ彫刻でも、柔らかく、弾力性があって、刃物での加工に適した木材と、固いわりには脆く、打撃に弱い石材とでは、造形上の自由度は全く違います。元々石材の利点は耐久性にあるのであって、これを加工し過ぎるとその利点を自ら失ってしまいます。その意味で、石材に最も適した製品の形は直方体、すなわち墓石の形にほかならないと考えられます。そんなわけですから、繊細さと頑丈さという二律背反に直面しながら、何とか折り合いをつけて全体最適に到達したものこそ、今日我々が目にしている各地の「ご当地狛犬」であるということができます。

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                                                    写真①千代田区永田町「日枝神社」の江戸型  

写真①は永田町の日枝(ひえ)神社のものですが、堂々たる体格と威厳のある顔立ちによって、ゆったりした量感を漂わせています。装飾面では、折り重なって流れる髪の毛筋が見事です。この「折り重なる」という点が、実に出色のアイデアです。あまり深彫りできない素材に対し、最低限の加工で最大限の効果を得る工夫であって、複雑で立体的な造形の実現に成功しています。さらに尾を柔らかく横にたなびかせ、台座の側面に垂らすという画期的な意匠に注目しなければなりません。ほとんどの狛犬の尾は、どんな形状であれ、付け根から上方に向かって立ち上がるという基本形が採られているのに対し、江戸型はその常識を覆しました。

2.プレ江戸型

写真②墨田区向島「三圍神社の狛犬

写真②墨田区向島「三圍神社の狛犬

写真③ 「三圍神社」のキツネ

写真③ 「三圍神社」のキツネ

写真②は三圍(みめぐり)神社の狛犬で、江戸型が完成する以前の延享2(1745)年の作品です。デザインが生硬で無骨な印象であり、①のような洗練された感じはありません。しかし髪の流れ方は柔らかで、すでにのちの江戸型の片鱗を宿しています。

写真③は同じ三圍神社のキツネ像です。狛犬ではありませんが、このキツネの説明が面白かったのでご紹介しておきます。案内板には「目尻の下がった表情を「ここいら辺の職人言葉で“三圍のコンコンさんみてぇだ”と言った」とあります。神社の掲示物で「ここいら辺」とか「みてぇだ」などという表現は見たことがありません。「ちゃきちゃきの江戸っ子」という言葉が思い起こされるような、珍しい案内文なのでお知らせしておく次第です。

3.江戸型の進化型、獅子山 

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                                               写真④墨田区向島「牛嶋神社」のア・ウン

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                                                         写真⑤牛嶋神社の獅子山のパーツ

 獅子山という命名は私ではなく、落語家の三遊亭円丈氏です。実は円丈氏は古くからの狛犬愛好家で、その道でも有名な方なのです。獅子山はその名付けの通り、巨大な岩の上に狛犬を配し、まるで実在の動物が歩き回っているようなリアル感を与えた傑作です。

獅子山については、普通は「お座り」の姿勢である狛犬を、四本の足で立たせたという破天荒な着想が素晴らしいのと、各パーツに施された緻密な装飾に驚きを禁じ得ません(写真⑤)。

 最初に江戸型のことを「木彫の技法を石造彫刻に再現した狛犬」と申し上げましたが、ここにその精華が示されているといっても過言ではありません。写真⑤がモノクロだったら、素材が石であることをちょっと見抜けないのではないかと思うほどです。

これは大正7年の作品ですが、いつからこの型が始まったのかは私には分かりません。恐らく明治以降のことではないかと思いますが、どこまでも突き詰めていく職人気質の熱意と、それを評価する市民からの需要が相乗的に結実した、狛犬界の最高峰とも言うべき型なのです。

(つづく)

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