最終更新日時 2018-02-03 02:20:23

会員企業の紹介-私はこうして起業した⑧ ペップ・メイツ㈱(大前実之)

★ペップ・メイト㈱ 代表取締役 大前実之 (S53年商学部卒)

◇応援団吹奏楽部の学生時代 

学生時代 岸本辰夫像前

  私は、昭和53年に明治大学商学部商学科を卒業致しました。昭和43年に付属明治中学に入学して以来10年間『白雲なびく・・・』の校歌を謳ってきた訳です。
 どんな時代だったかを簡単に回想致しますと、中学時代には「3億円事件」「安田講堂事件などの学生運動」「伝説に残る夏の甲子園・松山商業対三沢高校の引き分け再試合」「万博」「日航機よど号乗っ取り事件」「三島由紀夫の割腹自殺」等がありました。高校時代になりますと、「札幌オリンピック」「ミュンヘンオリンピック」「あさま山荘事件」等々思い出されます。
  昭和49年、大学に進学し應援團吹奏楽部に入部、野球の試合になると神宮では毎試合太鼓を叩いておりました。翌年の昭和50年、私が2年の時、江川をはじめとする甲子園組の法政大学に勝って春秋連覇を致しました。特に秋には東大に連敗したあと勝ち続けて優勝しました。3~4年の時は法政大学と優勝争いをするも負けてしまい悔しい思い出があります。一方、ラグビー部は2年の時、松尾兄弟の活躍で大学日本一、そして選手権でもトヨタに勝って日本一となりました。授業の方は、あまりにも応援活動に熱中しすぎてしまい、特に必修科目は特設クラスにて4年の後期まで必死でやっておりました。卒業直近になりますとこのクラスには学生服を着た体育会の者ばかり居りました。

◇アパレル業界に就職

応援団吹奏楽部

 そして無事卒業が決まり、昭和53年4月からは「カインドウェア」というアパレルの会社に勤務する事となりました。競合する会社には「オンワード樫山」がありました。こちらには明治大学の体育会関係の出身者が多数いた訳ですが、私はあえて「カインドウェア」に就職を希望して入社致しました。覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、テレビコマーシャルで田中邦衛さんが登場して「ソシアル」というブランドを初め、紳士服のフォーマルウェアで有名だった会社です。前述の「三島由紀夫の楯の会」の制服もカインドウェアで製作した物です。「宮内庁御用達」という事もあり、フォーマルウェアでは大きなシェアを誇る会社でした。入社したての頃、同じアパレルの大手で、皆さま良く御存知の「ヴァンジャケット」が倒産致しました。業界に大きな衝撃が走った事を良く覚えていますが、入社したばかりの私にとっては、事の重大さがあまり良く分かっていなかったように思います。
 この「カインドウェア」において主に営業の仕事で紳士服、婦人服、カジュアルウェア、ボーイズ&ガールズウェア等々、様々なブランドやアイテムを経験致しました。勤務先は東京本社以外にも仙台営業所にて約2年間、単身赴任にて過ごしました。この時、明治大学校友会仙台地域支部の方々に非常にお世話になりました。この経験が後に独立起業した時に非常に役に立つ事となりました。

◇家族のために一大決心 

 1995年阪神大震災があった年に再び本社に戻り役職も次長まで昇格致しました。そして約20年勤めた後、家庭の事情から円満退職し自宅の近くにあった会員制卸の会社に再就職致しました。自宅近くだった事もあり、この頃から地元江戸川区の校友会にも積極的に参加するようになりました。しかし残念な事に勤めて3年でこの会社は姿を消す事となってしまいました。またこの3年間は商品の仕入れから販売までを担当し、この経験も後に生かされる事となった訳です。やがて整理がついた後、就職活動を続けるかたわら、商売をしておりました実家の事務所を借りながら家業とは全く別の仕事を始めました。先ほど家庭の事情からという話を致しましたが、実は二男が知的障害のある子供で、当時の養護学校(現在の特別支援学校)へ通う為、朝は毎日送迎バスの来る所まで送らなければなりませんでした。家内も仕事があり、私がその役目を担う事になっておりました。従いまして、毎朝定時に始業する会社では無理があり就職活動も困難なものになってきた訳です。この頃から、もう独立・起業するしかないのかなという気持ちになって参りました。
 ちょうどその頃、應援團の一級後輩とOB会で会った際、彼も転職を繰り返して悩んでいる時でした。何回か話をするうちに二人で会社を起業しようじゃないかという事になりました。自分としては前々から学校に関わるビジネスがしたいと思っており、また今までお世話になった学校に恩返しがしたいいう気持ちもあって、彼もそれに賛同してくれました。このような出会いがあり実家の家業から分離、独立という形で「ペップ・メイツ株式会社」を起ち上げた訳です。「ペップ・メイツ」の「ペップ」は「人を元気づける、勇気づける」という意味があり、アメリカでは応援団の事を「ペップクラブ」という所もあります。「メイツ」はその名の通り「仲間 」という意味です。

◇提案営業で販路を拡大

学長のガウンも取扱商品

 そして2006年(平成18年)6月26日に「ペップ・メイツ株式会社」を設立致しました。最初は大きな仕事が取れずに大変苦しみました。しかし、毎日得意先に(仕入先も含めて)通ううちに、年度末に大きな仕事をいただく事が出来ました。これは明治大学の卒業式の時に学長・理事長をはじめとする登壇者が着用致します「アカデミックガウン」という衣裳です。工場さんを初め、生地・付属等の手配は前職でのアパレルの経験が非常に役に立つ事となりました。納期の無い中で大変苦労致しましたが、何かとまわりの人達に助けられこの大役を無事納める事が出来ました。不思議な事に、これを機に仕事が沢山舞い込んで来るようになりました。設立当時より手掛けておりましたオリジナルグッズも低単価な為、数量をこなすしかありませんでしたが、明治以外の他大学からも声がかかるようになり、今では小学校から大学迄、約150校を超える学校とお取引きをさせていただいております。これが皆様よく御存知のオリジナルのマスコットキューピーストラップです。当時ブームにもうまく便乗する事が出来、毎日のように問い合わせが来るようになりました。まさにキューピーが営業してくれる訳です。これをきっかけに口座の開設が出来た学校には次々と新商品を提案していく、という作戦で売上を延ばしました。この中には地方の学校も沢山あり、前職の勤務地である仙台にも沢山の得意先ができました。
 こうして設立してから6年目になりますと、企業としての力もついてきたように思います。アパレル製品をはじめ、他アイテムにわたり価格競争はもとより、企画力をも含めて他社よりも良品廉価な商品を提案できるようになって来ました。学校のオリジナルグッズをはじめ卒業記念品等々、またノベルティグッズなどで企業様からも声がかかるようになりました。私どもに出来る事があれば是非お気軽に声をかけて頂ければと思います。

◇感動を共有する企業を目指して 

 最後に私達「ペップ・メイツ株式会社」がいつも考えている事は、私達を取り巻く全ての人々と生きている事の感動を共有する事です。お互いに励まし合い、助け合い、常に前向きに生きていく。そういう仲間達と人生を共に歩いていきたい。日々刻々と変化する環境の中で自然や社会の動きに対して常に敏感でありたいと思います。そこから人々の意識や行動の変化をしっかりとらえ、人々の「生きがい」に応える考え方やサービスを創造し、提案、提供できる若々しい感性を持つ集団でありたいと、「ペップ・メイツ株式会社」は考えております。モノを通じて、人と人、人と自然といった様々な出会いや触れ合いを大切にし、暖かな体温のある会社を目指します。http://pep-mates.com/

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